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モンスターハウス 年代物のジュークボックスと、埃をかぶったビリヤード台。 スプリングの利かなくなったソファに、歩くたび軋む床板。 そして、壁に張り付けにされた、悪魔の頭蓋骨が多数。 標本と呼ぶべきかそれもオブジェと呼ぶきなのか、いまいち判然としない。 しかしいずれにせよ、ネロにとってそれはただの悪趣味に他ならない。 ダンテの事務所はいつだって乱雑で、理解し難いものに溢れている。 主人のいない店内に、ネロがひとりきり。最近ではそう珍しくもない光景だった。 気が向いたときはダンテの仕事に付き合うこともあるが、それは稀なことだ。 なにしろ手伝ったところで、見返りなど期待できるはずもなく、 いいところストレスの発散、せいぜい飯代か飲み代が浮く程度だ。 タダ働きなんていう慈善事業は、誰だってお断りだろう。 だから、気が向いたときだけ。 でかい仕事があれば、便利屋という職業はそれなりにまとまった金も入るらしい。 しかしダンテの場合、その殆どが借金と、ピザと、ストロベリーサンデー、 そして事後処理に消えてしまう。 事後処理というのは、仕事中に破壊した、建物の修理代のことを指す。 この出費がかなり痛いのだとボヤいていたのを聞いたことがあるが、 壊した本人が言ったところで、自業自得にしか聞こえないのは当然だった。 ネロはただ眺めていただけの雑誌を、テーブルに放る。 表紙を水着姿の女が飾る、安っぽい雑誌だ。 ダンテが読み飽きたのだろう、ダストボックスに捨てられていたそれを、 暇つぶしで拾って一通り眺めた感想は、こんなのがいいのか、だった。 この事務所には、ネロの興味を引くものがまったくない。 ダンテとは、相当趣味が合わないらしい。ネロは、腰掛けていたソファを 立ち上がり、ダンテのいつもの定位置、入り口正面に置かれたデスクに近付いた。 電話と、走り書きのメモと。なかに暇つぶしになるものを、と軽い気持ちで デスクの引き出しをあさったネロは、無造作に仕舞われていたペンダトを見つけた。 ・・ペンダントと呼ぶには少しばかりサイズが大き過ぎる気もするが。 血のように赤い石が嵌められたそれは、しかし見かけに反し、禍々しさと いったものは一切感じられない。 依頼人がキャッシュのかわりに寄越したものだろうか。 ネロはチェーンの部分を掴んで、目の前に掲げてみせた。 見れば見るほど、赤の透明度が増すように感じるのが、不思議だ。 悪魔の類いではないにせよ、人を惹き付けるなにかがある。 ネロがしばらくそれをひっくり返したり、手首にかけたりしていると、 急に不穏な気配が辺りを漂いはじめた。 所詮、この事務所にあるものだ。曰く付きが無いとは言い切れないではないか。 ネロは最初の直感を考え直して、ペンダントをじっくりと見た。 しかし、やはりそのペンダントから感じたのはむしろ神聖といっていいほどの 暖かみであり、邪悪な気配はもっと別の場所から発せられているものだと。 ――そう気付いたときには、既に、手後れだった。 咄嗟のことに避ける暇もなく、なにかがネロを、貫いた。 壁に叩き付けられて、衝撃にぼやけた頭が元に戻ってくる頃、ようやく ネロは、自分を襲ったのが一本の剣であるということを知った。 「くそ・・!」 胸に刺さったそれを引き抜こうとするが、ビクともしない。 それどころか、電流のようなものが、身体を駆け抜ける感覚に力が抜けてしまい。 壁に突き刺さった剣と、刺された自分と、まるであの悪趣味なアブジェの二の舞いか。 冗談じゃない。と、ネロが剣の柄に手をかけたその瞬間。 "お前ごときが触れて許されるものではない" 剣が、喋った。 もちろん最初は、そんな筈がないと思った。 剣が喋るなど、聞いたこともないからだ。 しかし事務所内には、ネロ以外の人の気配は感じられないし、なにより頭に直接響く ような声が、突き刺さった剣から発っせられているものだと考えるのが一番自然に 思えた。声というよりも、思念といった方が近いかもしれない。 そしてここが、ダンテの事務所であるということも、考えなければならない。 ネロには理解し難いことが、ダンテの傍では当然のように蔓延っていることもある。 不思議なことに、剣で壁に縫いつけられるというフザけた事態でも、苦痛は ほとんど感じなかった。あるのは力の抜けるような感覚だけで。 ネロの手首に引っ掛かったままだったペンダントが、床に落ちた。 "それでいい" 剣は、満足そうに言った。 「気が済んだなら、いい加減どいてくれ」 剣に話し掛けるなど、馬鹿げたことをしているという思いは拭えない。 それでも、返事が返ってくるだけ話す気にもなれた。 "それはできない。主が帰ってくるまでこのままでいて貰おう" ネロは少し考えて。 「・・主ってのは、ダンテのことか?」 "いかにも" そして、床に落ちたペンダントに目をやった。 "それは主の家族が遺したもの。お前が触って許されるものではない" 「なるほど。――分かったよ、くれぐれも近付かないよう、注意する」 だからこれを抜け、と言っても、剣はまったく動く気配を見せない。 "主が帰ってくるまで、このままでいて貰う" さっきと同じ言葉を繰り返すばかりだ。ネロは苛ついた。 「無駄よ。アラストルは一度こうと言ったら引かない頑固者だもの」 今度はいったいなんだ? ドラムセットの横に立て掛けられていたギターが、いきなりピンク色の毒々しい 光りを帯びたと思ったら、それはいきなり女の姿にかわった。 おかしなことの山積みで、ネロの驚くという感覚はとうにマヒしていた。 「忠実な僕ね。ベオウルフにも見習わせたいくらいだわ」 "力のあるものには従う、それが掟だろう" いったいなにがどうなっているのか。ネロにはまったく分からない。 分かるのは、ギターと剣が仲良くお喋りしているといういうことだけだ。 不条理で奇妙な、不思議の国の世界にでも迷いこんだ気分だった。 ふいに、女の視線がネロに向いた。 赤い髪を垂らし、上半身にはなにも身に付けていないという出で立ち。 ネロは目のやりばに困って、思わず顔を逸らす。 赤い髪の女――ネヴァンは、それを見て楽し気に笑った。 「かわいい坊やね」 ネヴァンのしなやかな指が、ネロの顎にかかって、それから銀色の髪を掬う。 「見かけは似てるけど、ぜんぜん違うわ、ダンテとは」 そう言って、妖艶な笑みをこぼした。 「初心なのも、嫌いじゃないわ」 「触るな」 ネロは不機嫌な声で拒絶する。 特定の意図をこめて触れてくる指先に感じるのは、嫌悪感だけだ。 ネヴァンもまた、気分を害したように。 「その生意気な口、塞いであげましょうか?」 言葉通り、ネヴァンがネロの口を、自らの唇で塞ごうと顔を寄せる。 しかし、それをネロが避けることを察したネヴァンは、位置をずらして。 むきだしの首筋に、噛み付いた。 ネロは痛みというよりも、不快さに、顔をしかめた。 「キスは、最期のお楽しみね」 まだ殺したくないもの、とネヴァンは媚びるような、 あるいは脅しともとれるような妖しい眼差しで、ネロを見上げる。 大抵の男なら、無条件に首を縦に振ってしまいたくなるようないい女では あったが、ネロにその色香は通用しない。 悪魔としての本性を隠さない女に、靡くわけがなかった。 まったく、とんでもないものを事務所に放っておくなよ。 この理不尽な出来事に対する怒りの大半を、ここにはいないダンテに向けて。 触れてくるネヴァンの指先に、ネロは肩を震わせた。 仕事から帰ってきたダンテを出迎えたのは、壁に背を預けて息を荒く しているネロの姿だった。紺色のコートはそのままで、インナーの前が 少し肌蹴けている。 「随分と刺激的な格好だな、坊や」 ダンテが軽い調子で口笛を吹くと、ネロは、殺気すら感じさせる 鋭い目つきでダンテを見返してきた。 「・・なんとかしろ」 よく見れば、頬も少し赤い。 ダンテはアラストルとネヴァンをそれぞれ見比べ、腕を組んだ。 「悪戯が過ぎるぞ、お前等」 「あら。悪戯じゃないわよ。からかって遊んでいただけ」 "我はただ主のアミュレットを守っただけのこと" 同時に応える"2人"に、まったく悪びれた様子はない。 ネヴァンはネロの肩にもたれさせていた手を、今度は首に回した。 ネロがより一層強く非難する眼差しで、ダンテを見るのが分かった。 「俺を睨んだって、しかたがない」 ダンテはそう言いながら、床に落ちていたアミュレットを拾う。 「飼い主はあんただろ・・!躾くらいしたらどうだ」 「アラストルは人を串刺しにするのが好きでね。俺も昔はそれで苦労したもんさ。 ネヴァンは――なかなかいい女だろ?」 デスクの引き出しを開けて、もとあった場所に仕舞った。 「人が留守なのをいいことに、探索ごっことは、頂けないな」 「それについては謝るさ。――だから早くコイツ等をなんとかしてくれ」 ネロが早口で捲し立てるのを横目に、ダンテはその前を通り抜け、冷蔵庫から 冷えたビールを取り出していつもの定位置に腰を落ち着かせた。 「おいっ・・!」 「なんだ?」 プルトップをひくと、プシュ、と気の抜けるような音がもれた。 仕事を終えたばかりのダンテにとっては、最高の効果音だ。 ダンテはからかいの笑みを浮かべてネロを見た。 「坊やの身悶える顔を見ながら飲む酒ってのも、悪くない」 乾杯、と掲げてみせた腕を傾けて。 ダンテはネロの罵声を聞きながら、酒を煽り、満足げに喉を鳴らした。 ブラウザバックでお戻り下さい。 |