価値観

仕事の帰りに、ダンテがネロを飲みに誘った。
ネロは、あんたの奢りなら、と応えた。

いつも不景気なデビルメイクライに、珍しく合い言葉ありの依頼が入った。
訪れていたダンテの事務所。ちょうど暇を持て余していたネロは、退屈凌ぎに
暴れるつもりで、仕事へ向かうダンテの後を追った。
しかし、その依頼内容ときたら、てんで期待外れのシロモノで。
2人を出迎えたのは、下級悪魔1体という、最高につまらない現場だった。
その悪魔が出現した原因というのも、これまた最高に下らない。
悪魔を崇拝する危ない男の、ちょっとした危険な遊びの代償だ。
乏しい知識で召還された悪魔は、それ相応の、乏しい力しかもたない。
久しぶりの仕事は、ほんの数分でカタがついてしまった。
少ない報酬は、夜の内に飲み代へと消えるだろう。



「ビールだ。屑ホップの、一番安いやつな」

2人がカウンターに座った途端、報酬の半分が無くなった。
長い間ツケていた分を、店主に持って行かれたのだ。

「俺も、同じやつ」

ネロはそう言ったが、本当のところ、ビールはあまり好きじゃなかった。
オマケに、"屑"ビール、というだけあって、出来の悪いホップを
使ったそれは、驚くほど苦い。
しかし、この店では、それ以上に安いメニューが他になかった。

「今夜のストロベリーサンデーは、お預けだな」

ダンテが、残念そうに言う。
金がなくて丁度よかった、とネロは思った。
あんなものを隣で食べられるのはごめんだ。

「はいよ」

店主は乱雑な手付きで2人分のビールをカウンターに置く。
ジョッキから中身があふれ、テーブルを汚した。

「ちょっと待ってくれ。こいつはいったいなんだ?」

大袈裟な口ぶりで、不満たっぷりに。
ダンテは自分の目の前に置かれたジョッキを、怪訝な眼差しで見ている。

「ご注文の屑ホップさ」

それ以外になにがある?、と言いた気な店主に、ダンテは首を振った。

「そうじゃない。これをよく見てくれ、泡が半分もある」

かざした手で、ビールと泡の分量を比べてみせ、店主にそう指摘した。

「いちいちうるさい奴だな」
「まったくだ」

呆れて言ったネロの言葉に、店主も大きく頷いて。
2対1になったダンテは、しぶしぶとジョッキに口をつける。
そうして、しばらく他愛もないやりとりで時間を潰した後。
店の扉が騒々しく開き、1人の女が顔を覗かせた。
まさに、覗く、という表現がピッタリで、扉の外から首だけを突っ込んで、
キョロキョロと店内を見渡した女は、その視線をダンテの前で止まらせる。

「やっぱり!今日は、いるような気がしてたの」

嬉しそうに声を弾ませ、彼が座るカウンターヘと駆け寄った。
燃えるような赤い髪をゆるく束ね、派手な化粧と、きわどい服装。

「何週間ぶりかしら?もっと顔を見せてくれればいいのに、」

甘えるように言いながら、ダンテの隣に腰を下ろす。
注文をとりにきた店主を、視線もやらずに手で払って、追い返した。
酒を目当てにこの場所へやって来たのではない、とでも言いた気に。

「そうしたいのは山々だが、こっちにも色々と事情ってもんがあってな」

金がないだけだろ、とネロは心の中でつっこみを入れる。

「お邪魔だったかしら?」

ダンテを挟んで、女はテーブルに身を乗り出し、ネロと目を合わせた。

「別に」

ネロはそっけなく応える。
社交辞礼なのがまる見えの態度で、女はそれだけ聞くと、すぐに
ダンテの方へ向き直った。
そろそろ自分の居場所じゃないな。
ネロはまずいビールを飲み干すと、すぐに店を出た。

真っ黒な空に、まるい月が昇っている。満月だ。
目抜き通りから外れた場所のせいで、暗い夜道。
頼りない月明かりでも、つまづかないで歩く分には十分だった。
背後から、アスファルトをブーツが叩く音が聞こえる。
ネロはあえてそれを無視して歩いていると、少し早くなった足音は、
すぐにネロの隣まで追い付いた。

「勝手に帰っちまうとは、奢りがいのない奴だな」

ダンテはやれやれといった風に肩をすくめさせた。
店を出る間際、そのダンテの腕に、女の細い腕がまわされていたのを見ていた
ネロは、てっきり彼が、朝まで帰って来ないものだとばかり思っていたのだが。

「早すぎて、嫌われでもしたのか?」

いかにも"慣れて"いそうだった先程の女を思い浮かべ、にやりと笑って。
お世辞にも、品があるとは言えないネロの揶揄に、ダンテも冗談めかして応える。

「確かに、早いな。これじゃあお互い、服を脱ぐ暇すら無いってもんさ」
「服なんか脱がなくたって、あんたならやれただろ?」

ダンテは額を抑えて、心外だと訴えるジェスチャーをつくった。

「・・おいおい、坊や。お前が俺のことをどう思っているかは知らないが、
こう見えても身持ちは堅い方だ。名前も覚えてないような相手を、
どうこうするつもりはこれっぽっちもないのさ」

昔はそれなりに遊んでいたこともあったが、それは若さ故の、ってやつだ。

「の、割りに、鼻の下が伸びてたようだけど?」
「・・まあ、いい女だったってのは認めよう」

ダンテは眉を上げ、不機嫌そうにしているネロを見た。それから生温い笑みを見せ。

「一応言っておくが、心配しなくとも、俺は誰にも取られやしないぜ?」

その言葉に、ネロは一瞬きょとんとして、数拍おいてダンテの言葉を理解したのか、
ものすごく嫌そうな顔になった。

「ワケ分かんねぇ・・」
「嫉妬じゃないのか?」
「あたりまえだ!」

真剣に言い返してくるネロに、ダンテは思わず笑ってしまう。
そうしてさらに機嫌を損ねさせてしまった。ネロが、吐き捨てるように言う。

「あんたって、ほんとだらしないよな」
「よく言われる」

おもに、トリッシュあたりに。自覚も一応は、ある。
とくに、仕事がこなくてピザ片手にグラビア雑誌を読んでるときとか?

「そうじゃなくて。・・いや、それもそうだけど」

完全にペースを崩されたネロは、言い淀んで。

「女に、だらしないって意味だ」
「・・だらしない、ねぇ」

ダンテが首を傾げると、ネロは苛ついたように言葉を続けた。

「あんたのだらしなさに、愛想を尽かしてる奴もいるんじゃないのか?」
「残念ながら、そういった相手に、心当たりはないが」

正直なところを素直に言えば、怪訝な視線を送られてしまった。

「・・店によく出入りしてる奴とか、」
「店?うちによく出入りしてるっていやあ、・・レディか?」

コイツ、レディに会ったことあったかな?と思いながら。

「・・・・金髪の、派手な女は?」
「・・そっちは、トリッシュだな」

ダンテは頷いた。確かに、トリッシュは派手な女だ。
そこにいるだけで、誰もが振り返るくらい。
自分の母親に瓜二つという点には、触れないで頂きたいところだが。

「あんたの・・恋人じゃないのか?」

"恋人"ときたか。随分可愛いらしい響きだ。
そんな言葉がネロの口から出たことに、
少々のおかしさを感じながら、ダンテは首を横に振って応えた。

「あいつとは、そんなんじゃないさ」
「・・そうなのか?」
「仕事上のパートナー。いわば、相棒、だな」
「・・・それだけには、見えなかったが」

意外なところで、鋭い。しかしダンテはとくに慌てることもなく、むしろ
楽しそうな眼差しで、自分よりも幾分か下の位置にある、ネロの顔を見た。

・・・なるほどね。
そういうことか。
ネロが不満気な様子を見せていた理由が、分かった。
つまりは、こうだ。
ダンテには、トリッシュという"恋人"がいるのに、その恋人をほっぽって、
バーで他所の女と会ったりしている。女の口ぶりは、ダンテを知っている様子で、
腕にまとわりつく女を、ダンテも振り払ったりはしない。
それが、ネロには不快な行為として映ったと。
恋人への裏切り・・といったところだろうか。
健気というか、なんというか、だ。

「俺は坊やに、浮気な最低男だと思われていたわけか」

ショックだ!とオーバーリアクション気味にぼやけば、ネロは少しバツが
悪そうな顔になった。

「・・でも、実際、色んなところで別の女と会ってることに、変わりはないだろ」
「そうか?」
「この間、あんたがさっきのとは違う女と、街を歩いてるところを見かけた」

ダンテは顎に手をあてて、困ったような顔をする。

「モテる男ってのも、つらいもんさ。なにせ放っておいちゃ、くれないからな」
「は、・・・言ってろ」

ネロは鼻で笑って。
それにしても、とダンテは唐突に切り出した。

「お前に愛される彼女は、幸せ者だな」
「はあ?・・・なんだよ、いきなり。・・てか、寒いぞ、それ」

ネロが、そっぽを向く。それが照れ隠しだということに、本人は気付いて
いないだろうけれど。まあ、確かに、寒いことを言ったという自覚はある。

「それとも、お前の方が幸せにされているのかな?彼女に」
「・・・そんなもん、知るか」

まったく、口だけは生意気だと。ダンテは胸の内でひっそり笑った。





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