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雪が、そこにあるもの全てを覆い尽くしている。 視界は一面真っ白だ。――フォルトゥナ城。 海沿いの市街地から大分離れた山の上。 そこは一年の殆どを冷たい雪に閉ざされている。 もっとも、短い春の間だけは緑を覗かせることもあるらしいのだが・・ この様子のままだったら、その春さえも期待できないだろうな。と、 ダンテは頭上を仰ぎながら思った。 無気味なまでに暗く沈んだ空。いやな空気が、あたりを覆っている。 ビンゴ、といったところか。 痕跡 デビルメイクライに、フォルトゥナの騎士団から依頼がきたのは、 ほんの数日前のことだ。魔剣教団の一件があって以来、 ダンテはこのフォルトゥナをよく訪れている。 今ではすっかり、依頼主と便利屋の関係だ。 教団の事件は、教皇の死によって一段落こそついたものの、この場所では 事件以降、以前には現れなかった凶悪な悪魔達が多数、 出現するようになった。おそらく、ヘルゲートと呼ばれる装置を利用して 無理に魔界を開いたことが、その原因だろう。 上級悪魔を、普通の人間が相手をするには少々荷が重過ぎるというもの。 ・・まあ。中には、例外もいるが。 そう、たとえば。隣にいる、この青年のような。 「やれやれ。次の仕事場所は南国のリゾート地を選びたいね」 ダンテは、コートの襟を立てながら白い息を吐いた。 雲行きの怪しい状況とは裏腹に、その声はどこか楽し気に響く。 「・・どこでも勝手に選んでくれ」 対するネロの応えは、そっけない。 橋を渡り切ればすぐに城の入り口だ。 白い雪に、2人分の足跡が残る。 ネロは、目の前に聳え立つ古びた城を見上げた。 威圧感を感じる、灰色の外壁。 まるで建物自体が、無気味な空の一部のようだった。 ネロがここへやって来たのは、山の警備を任されていた団員が4人も 立続けで行方不明になったからだ。 特別な訓練を受けた騎士が、4人。 それも、この山に配置された途端姿を消したとなれば、 そこになにかがあると考えるのは当然のことだろう。 そこで騎士団は、ネロにフォルトゥナ城の調査を命じたというわけだ。 「それにしても。・・まさか、あんたにまで話しがいってるとはね」 単独任務だと思っていたら、赤いコートを着た男がいきなり現れた。 お陰で出鼻を挫かれてしまった。 「いいお得意さまだ」 ダンテの軽口には答えず、ネロは歩調を早める。 「――気に入らないって感じだな」 ダンテはネロの、いかにも機嫌が悪そうな背中に声をかけて。 「・・必要無いからな。1人で十分だ」 「助けは多い方がいい。違うか?」 「ああ、違うね」 丸くなったと思っていたが、やはり生意気は消えていないらしい。 その方が、坊やらしくはあるかとダンテは内心苦笑して。 ホルダーから銃を取り出したネロに、視線をやる。 「こっちはこっちで、勝手にやらせてもらう」 「オーケー。嫌がるのを、無理矢理ついて行ったりはしないさ」 ネロは肩ごしに視線を寄越し、当たり前だと言わんばかりに 鼻を鳴らすと、城の扉を開けた。 中は、相変わらず薄暗い。 嫌な空気が、外よりずっと濃くなった。 ネロも、それを感じとったらしい。 訝しむような表情で、あたりを見回した。 「気を付けろよ。なにかあっても、すぐには助けてやれないからな」 「そのセリフ、そのまま返してやりたいね」 冗談半分、本気半分で言えば、ネロは憮然とした顔で応える。 仕事柄、こういうことに鼻は効く方だ。 嫌な感じだな、とダンテは思った。 重たい雲が太陽を隠し、まったく日の届かない城内はどこまでも暗く、 陰湿な空気が漂っていた。 嫌な気配は、ネロの行く先々で纏わりついてくる。 しかし、悪魔が出てくることはない。妙な静寂があるだけで。 聞こえてくるのは自分の足音と、息遣い。窓の外で吹き付ける風の音も、 その風に揺れる木々のざわめきも、なに一つしない。 変だな・・。 ネロは長身のリボルバーを、ホルダーに仕舞った。 悪魔の気配が、無い。それなのに、ずっと後をついてくるような、 遠くから、何者かに見られているような視線を感じるのだ。 そうして視線を送ってくるのに、向こうから接触してくる様子もない。 これならばいっそ、剣と銃で解決できることの方がマシだとネロは思った。 相手の出方を待つよりも、自分から仕掛ける方が性にあっているのだ。 そのとき、長い廊下の突き当たりで、なにか影のようなものが動いた。 ネロは、背負った大剣のグリップを握る。 手に馴染んだそれをいつものように吹かそうとして、しかしその影は、 ネロを襲ってくることもなく部屋の中へと消えてしまった。 中へ入って来いということか? ・・罠かもしれない。いや、その可能性の方が高いと考えていいだろう。 どうする? ネロは、廊下を進みながら考えるが、答えは最初から決まっていた。 罠だったらどうするかって?――飛び込むさ! 影を追って入った部屋は、城の主の私室だった。 中庭へと続く扉があり、その先は教団騎士達の墓地となっている。 ネロはぐるりと部屋を見渡した。確かにあの影は、この部屋へと入った筈だ。 だがそこには、天蓋付きのベッドと、調度品と、火のくべない暖炉があるだけで、 怪しい影の持ち主がいる気配はない。 手招きしといて、姿は見せないって? ネロは部屋の中央まで躍り出て、両手を広げた。 「お遊びはここまでだ!とっとと姿を現したらどうだ?」 しかし、返ってくるのは沈黙ばかり。 ネロは戯けるように広げた腕を下ろして、ガラスの向こうに透ける 中庭を見た。雪に埋もれた墓石が、いくつも並んでいる。 そんな白い景色の中に、ネロは、キラリと光るものを見つけて。 目を凝らせば、それが、長剣を弾く銀色の光りだということに気付いた。 墓石の隣に、剣が突き立てられている。それも、ひとつだけではない。 少なくとも、4本。 ・・いなくなった騎士団員の人数と同じだな、とネロは思った。 「ネロ」 その時だ。背後から、自分を呼ぶ声がした。 聞き覚えのある、というには、あまりに鮮明過ぎる声だった。 ネロは、ひどく困惑しながら、ゆっくりと振り返る。 だって、ありえない。ありえるわけが、ない。 でも、振り返った先にいたのはやはり、ネロのよく知っている人物で。 あまりにも以前と変わらぬその姿に、息を飲んで。 彼の妹と同じ、栗色の髪。 厳しさ感じさせる、神経質そうな顔立ち。 ああ、やっぱりと思った自分に、何かの間違えだと冷静に訴える自分もまた、いる。 だって、クレドは死んだのだ。 つい先日、自分とキリエを助けるために、その命を落としたのだから。 ・・いや、でも。 「生きて、いたのか・・?」 クレドが死んだということを、どこかで信じられずにいたことも事実。 だって彼は、まるで、消えるようにいなくなってしまったから。 何も遺さず、自分の遺体さえ。亡骸を埋めることも叶わず、 キリエと2人で立てたクレドの墓の下に、彼が眠ることはなかったのだ。 厳格な態度を崩さないまま、クレドが口を開いた。 「お前の所為だ」 その言葉は、どうしようもない痛みをネロにもたらす。 それは、ずっと考えていたことだったから。 彼はきっと、自分を憎んでいるだろう、と。 「お前がキリエを巻き込んだ。・・そして私は、死んだ」 死んだ、というクレドの言葉を、ネロは口の中で反芻して呟く。 やはり、クレドは死んだのだ。 ――では、今、自分の目の前にいる彼はなんだ? 罪悪感が見せる、幻覚か。ネロは困惑する。 それにしては、あまりに全てがリアル過ぎて。 「どうしたらいい?・・俺は、」 全身の力が抜けるのを感じる。ネロは、力なく拳を握った。 「私に、お前の命を捧げるんだ」 「・・それで、あんたは生き返るのか?」 「――ああ、そうだ」 ネロは自分自身を嘲笑するように小さく笑った。 なら、それも悪くない。 自分の命と引き換えに、彼を生き返らせることができるのなら、 自分が今まで生きてきた価値も、意味も、この時のためにあったのだと したら、喜んでくれとやろうと思った。 クレドは、腰に下げた剣の柄に手をやり、おもむろにそれを引き抜く。 彼の一挙一動が、ネロの目には、まるで残像が残るようにゆっくりと、 そして確実に焼き付いた。恐怖も戸惑いも、ない。 ただひとつ、残念だったのは・・・もうキリエには、会えないということ。 しかし、そう思うことさえ、今の自分には許されないことなのかもしれない。 彼女から兄を奪った、自分には――。 ネロは覚悟するというよりいっそ、断罪を望むように。 これで、いい。ゆっくりと、目を瞑った。 ――遅かったか。 ダンテは、自分の視界に飛び込んできた光景に、一瞬息を詰め、 想像していた中で、もっとも最悪なシチュエーションだと思った。 自分と同じ、銀色の髪、青い瞳。同じ顔立ち。 ただ、殺気すら感じさせる険しい表情と、後ろに撫で付けられた髪が、 目の前の人物を、ダンテではないと証拠付ける数少ない違いだった。 彼が愛用していた刀は今、青年の腹に突き刺さっている。 冷ややかな青い瞳がこちらを見て。 幼い頃、ほんの少しだけ一緒に過ごしたことを思い出して。 魔界に落ちていく彼を助けられなかったことの後悔が、ダンテの胸にあらためて滲んだ。 バージルが腕を引くと、細身の刀身から、血が滴った。 力を無くしたネロの身体が、まるで人形のように床の上へと崩れ落ちる。 ダンテはかすめた動揺をふりはらい、銃を構えた。 あれは、"バージル"じゃない。たとえ姿形は同じだろうと、彼が魔界へ落ち、 ムンドゥスの使いとしてダンテの前に現れ、そしてその命を散らしたことは、 自ら手を下したダンテが、一番よく知っている。 狙いを定めるよりも早く、反射的に両手がトリガーを引いていた。 銃弾の雨が、バージルの姿をした悪魔に降り注ぐ。 苦痛に顔を歪めるのを、ダンテは目を逸らしてやり過ごし、 リベリオンを背中から引き抜いた。 ぶつかりあう刃の間に、火花が生じるが、ダンテは圧倒的な有利を譲らない。 「お前はまた!俺の邪魔をするのか・・」 ああ、この声だ。 心覚えがありすぎて、思わず笑いたくなった。 悪魔が、心理戦とはね。痛いところを突いてくれる。 「モノマネが上手いもんだな?――でも所詮、いくら似せようが偽者に変わりはない」 リベリオンで、刀を弾く。それは回転しながら空を舞い、床に突き刺ささると 灰となって崩れ去った。跡形も、残らない。 武器を無くした悪魔は反撃の手段をも無くし、止どめを待つだけの標的となる。 ダンテはリベリオンを振りかざした。 しかし、それを止める手がある。ネロだ。 「・・やめ、ろ」 ダンテの腕に、血で塗れた手が追い縋る。 立っているのもやっとという状態。それでも、その瞳には強い光りを宿らせて。 ダンテの意識がそちらへと一瞬向いた隙、悪魔が動いた。 ダンテは咄嗟に、ネロの肩を押しやる。 もともと、かろうじて自らの身体を支えていたネロは、その力に耐え切れない。 悪魔が、ダンテに飛びかかった。 鋭い爪が赤いコートを破り、ぶつりと皮膚に食い込む。 「ようやく、化けの皮を剥がしたな?」 まるで焼きただれて墨にでもなったかのような肌と、橙色に鈍く光る窪んだ瞳。 不様な醜態を寄せ集めたような、醜い姿。 ダンテは、食い込んだ爪を力任せに引き抜き、それを悪魔の方へと押し付けた。 耳障りな奇声が、耳をつんざく。 悪魔が自らの爪を自身の首に食い込ませて上げた、断末魔だった。 ダンテがさらに力を込めると悪魔は激しく体を痙攣させ、そして事切れた。 死体はすぐにバラバラに砕け、灰となって、消える。 「・・クレド、は・・?どう、なって・・」 灰になった悪魔を見て、床の上に俯せの状態で倒れたまま、 ネロは呆然と、呟いた。 傍らにダンテが膝をつく。傷付いた体を無造作にひっくり返されて、ネロは 苦し気な呻き声をあげた。 「・・もっと、丁寧、に、扱え」 「それだけの口が利けるなら、大丈夫そうだな」 普通の人間なら、とっくに死んでいてもおかしくない傷だ。 それでもこうして生きていられるのは、右腕のお陰、といったところか。 ダンテはネロの言葉を無視して、彼の身体を引っぱりあげた。 「く・・、」 痛そうに、掠れた声。ダンテはくつりと笑って、ベッドの上までネロを運んだ。 横たわった隣に、腰を下ろして。 「これくらい我慢しないとな、男の子だろ?」 そんな子供扱いの言い種に、ネロは中指を突き立てた。 「悪ガキめ」 大きな手が、ネロの髪をくしゃくしゃにする。 最初はそれを止めさせようとしたが、結局、ダンテの好きなようにさせた。 腕を上げるのが億劫だったというのもあるが、・・ほんの少しだけ、 認めたくないけれど。その腕を、心地よく感じる自分もいて。 「あんたには・・いつも、・・助けられて、ばっかりだ」 「きちんと礼は返してもらうさ。気にすんな」 返すの、前提かよ。 ネロは、窓の外を見た。雪が、止んでいる。 雲の隙間から差し込む光が幻想的だ。 「なあ、あんたには・・なにが、見えた?」 死んだはずのクレドが、ここにいるワケがない。 今になってみてようやく、冷静に考えることができる。 悪魔が、自分の動揺を誘うために化けた姿。それが、ダンテには、 どう見えたのだろうと。誰が見えたのだろう、と。気になった。 「もう1人の自分、かな」 そう言うとダンテはネロの右腕を見て、すぐに視線を逸らしたのだった。 一瞬翳った瞳を、ネロは見逃さなかったが、それ以上 追求するのは止めた。聞かれたくないし、話したくないことは 自分にだってある。 だから。いつか、話してくれればいいやと、ネロはこっそり思う。 いつになるかは分からないけれど、 ダンテに助けられるのではなく、ダンテを助けられるようになった頃に。 ブラウザバックでお戻り下さい。 |